鳳山和尚の墓

☆関連人物☆

鳳山和尚(ほうさん おしょう) 生没年不詳

島津家に仕えた学僧。明釣と号す。揖宿郡山川に生まれ、文禄役の際には島津家の陣僧として従軍、義弘の命令や手紙はすべて鳳山の手になったといわれる。帰国後は禄高三十石を与えられ大隅椿窓寺中興の開山となり、晩年は黒川岬の鳳山軒で過ごした。ここで家久が詠んだ「浪のおりかへる錦は磯山の梢にさらす花のいろかな」から鹿児島湾の別称・錦江湾の名が起こったとも言われる。
写真は鹿児島県加治木町の椿窓寺墓地にある鳳山明釣の墓。

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