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片倉景綱
(かたくら かげつな) 1557〜1615
伊達輝宗・政宗二代に仕えた重臣で初名小十郎、通称は備中。政宗の近侍かつ伊達家の総参謀長的存在の白石城主。戦いの際には常に政宗の側にあり、行政能力にも優れた知勇兼備の名将。蘆名氏との決戦・摺上原の戦いでは伊達成実とともに先鋒を務める。政宗はもちろん秀吉や家康からも高く評価され、その死の際には家中で六名の殉死者を出したという。
写真は宮城県白石市の片倉家墓所にある景綱の墓で、他に同市の
傑山寺
にも墓がある。
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