和田惟政の墓

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和田惟政(わだ これまさ)   1532〜1571

宗立の子で伊賀守を称す。甲賀五十三家中でも最も勢力があった土豪の一人で、将軍足利義輝・義昭の家臣。義輝暗殺事件の後、弟義昭を擁立すべく細川藤孝らとともに奔走した。織田信長にも初め重用され摂津高槻城主となるが、後に対立して芥川城で籠城抗戦の末に中川清秀に討たれた。キリスト教を保護したことでも知られる。
写真は大阪府高槻市の伊勢寺にある惟政の供養塔で、他に 茨木市五日市 と滋賀県安土町の浄厳院にも供養塔がある。法名は「前伊州太守月船常心大禅定門」。なお、この伊勢寺には平安中期の女流歌人 伊勢の廟所 もある。

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