立花宗茂の墓

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立花宗茂(たちばな むねしげ) 1567〜1642

左近将監。実父は筑前岩屋城主高橋紹運(鎮種)、義父に立花道雪をもつ筑後柳川の勇将。はじめ統虎、晩年は立斎を称す。関ヶ原の際には西軍に加担したため、戦後所領を没収され奥州棚倉一万石へと減封されたが、私利私欲のない行動は家康にも高く評価され、元和六年に筑後の旧領柳川十一万石の主に復した。
写真は東京都練馬区の広徳寺にある宗茂の墓で、他に福岡県柳川市の 福厳寺 にも彼の墓がある。法名は「大円院殿松蔭宗茂大居士」。

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