☆関連武将☆ 松平信忠(まつだいら のぶただ) 1479〜1524? 長親の長男(二男説も)で三河松平氏第六代当主。通称次郎三郎、左近蔵人佐・左京亮・越前守、徳川清康の父。生没年は異説あり。永正三年から始まった今川氏親の侵攻を退け家督相続の契機としたまでは良かったが、相続後は慈悲の心がなく酒色に溺れたとして一門・国人衆の離反を招いた。大永三年、嫡子清康に家督を譲って碧海郡大浜に隠居、翌年同地で没した。 写真は愛知県岡崎市の大樹寺にある広忠の墓で、法名は「安栖院殿泰孝祐泉大居士」。同県碧南市の称名寺にも墓がある。 |