畠山義豊の墓

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畠山義豊(はたけやま よしとよ) 1469〜1499

義就の子で初め基家を名乗る。延徳二(1490)年十二月に義就が没して家督を嗣ぎ、引き続いて畠山政長・尚順方と抗争を続けた。細川政元の加勢で明応二(1493)年閏四月に政長を河内正覚寺に討つが、同八(1499)年正月晦日に河内十七箇所において尚順に敗れて自刃した。
写真は寝屋川市の成田山不動尊(成田山新勝寺大阪別院)にある義豊の墓。

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