☆関連武将☆ 足利義昭(あしかが よしあき) 1537〜1597 室町幕府第12代将軍義晴の子で、第15代将軍。第13代将軍義輝の弟。兄義輝暗殺時には出家の身であったが細川藤孝らの手引きで還俗し、信長に担がれて将軍位に就く。武力を持たない割に陰謀癖があり、やがて信長と対立して追放され毛利領備後鞆の浦に走り、これによって室町幕府は終焉を迎えた。晩年は昌山と号して秀吉の御伽衆として仕え、秀吉傘下の一武将として世を終えた。 写真は山口市の俊龍寺にある義昭の供養墓で、法名は「霊陽院昌山道休」。同所には兄義輝と母慶寿院および豊臣秀吉の供養墓が並ぶが、これについては 豊臣秀吉の墓2 を参照されたい。 |