三好家の弱体化

大和二元支配を開始して国人衆を次々と支配していった久秀ですが、筒井氏だけはしぶとく粘ります。そんな中、弟長頼や三好長慶・義興父子をはじめ十河一存・三好義賢・安宅冬康といった実力者たちが次々と世を去り、将軍足利義輝は殺害されるなど畿内の政情は混乱の度を深めます。


三好家の弱体化

 大和二元支配を開始した久秀だが、その活動領域は大和だけにとどまらなかった。永禄二年八月に信貴山城に腰を据えて大和国人衆に睨みを利かせた後も、十一月には山城勝軍山城を攻め、近江六角氏の将永原安芸守を討つなど山城における活動も行っている。翌三年七月には井戸城(天理市)の井戸氏を攻め、椿尾上城から救援に来た筒井衆を撃退したかと思えば、十一月には沢・檜牧城(榛原町)を攻めるなど、広範囲にわたる軍事活動を行っている。
 なぜ久秀がこのような活動を行ったかであるが、ちょうどその頃に三好長慶は摂津芥川城(高槻市)から河内飯盛城(四条畷市)へ、また長慶の次弟義賢(実休)は阿波勝瑞城(徳島県藍住町)から河内高屋城(八尾市)へ入っているので、久秀自身の思惑で動いたというよりも、三好家の勢力基盤強化と版図拡大を策しての活動と考えた方が良いかもしれない。

 永禄年間は三好家にとって不幸の連続であった。永禄四年四月に長慶末弟の讃岐十河城主・十河一存が病没、翌年三月には長弟で阿波方面の総帥・義賢(物外軒実休)が和泉久米田で戦死した。六年八月には嫡子義興が病没したため、長慶は十河一存の子で甥に当たる義継を養子に迎えた。なお、この年の閏十二月一日に嫡子久通が従五位下・右衛門佐に叙任されると、程なく久秀は久通に家督を譲っている。しかし、相変わらず実権はこの後もずっと握っていた。なお、『言継卿記』には久通は義輝襲撃時点で「義久」と見えるが、この稿では久通の名に統一して書き進めることにしたい。
 画像は三好義賢の墓で、戦死地に近い和泉市和気町の妙泉寺境内にある。

 引き続き七年五月には次弟で淡路を押さえていた安宅冬康が長慶自らの手で誅殺された。久秀の讒言によるものだという。これには長慶もさすがに参ってしまったようで、二ヶ月後には自身も世を去った。長慶の享年が四十三、義興は二十二、義賢は三十六という若さであった。三好家は当主と跡継ぎに加え、最も信頼できる三人の有能な指揮官まで、まさに「一瞬」のうちに失ってしまったのである。

将軍義輝の奇禍

 久秀について、よく知られるエピソードに次のようなものがある。

「東照宮、信長に御対面の時、松永弾正久秀かたへにあり。信長、此老翁は世人のなしがたき事三つなしたる者なり。将軍を弑(しい)し奉り、又己が主君の三好を殺し、南都の大仏殿を焚(たき)たる松永と申者なりと申されしに、松永汗をながして赤面せり」(『常山紀談』)

 これは織田信長が徳川家康と対面した際、側にいた久秀を家康に紹介した部分だが、後世に語り継がれた久秀の一般的な人物像は、大体がこういったものである。将軍義輝を殺し、主君の三好(義興)を殺し、東大寺大仏殿を焼いた、つまり大悪人だというイメージであるが、結論から先に言うと、これら全てについて、信頼できる史料には久秀がやったとする記述は見られない。
 三好氏と将軍義晴・義輝父子・細川晴元とは度々戦っており、天文二十一年に六角氏の仲介で和睦してはいたものの、仲が良いはずはなかった。義輝にとっては自分より遙かに実力のある三好氏の存在が目障りこの上なく、三好氏にしてみれば意に従わない義輝を何とか除けないものかと考えていたであろうことは、想像に難くない。
 長慶の没後、三好家は義継が継いだが、翌八年五月一九日の朝、突如として三好義継・三好三人衆と松永久通らの軍勢約一万が二条御所を急襲した。

 足利義輝という人物は十二代将軍義晴の子で、戦国期の有名な剣豪・塚原ト伝に剣を学んだという。また剣聖といわれた上泉伊勢守信綱とも交流があり、非常に優れた技量を持っていたと伝えられる。三好・松永勢から不意の襲撃を受けた義輝は、二条御所でそのすさまじいまでの剣技を披露するのだが、将軍自らが剣をふるって敵に向かうなど前代未聞の事態と言って良く、それほど室町幕府は弱体化していたわけである。
 義輝は少人数にもかかわらず奮闘するが、あまりにも敵が多過ぎた。彼はこの日、まだ三十歳という若さで二条御所にその生涯を終えた。これが上記エピソード中の「将軍を弑し奉り」の部分だが、この事件の最も信用できる記録『言継卿記』には、何故か久秀の名は見えないのである。
 同記には「辰刻三好人數松永右衛門佐等」とあり、久秀の名はない。前日の記録には久通の他に海老名石見守の名が見えており、もし久秀がその場にいたのなら記録されているはずである。しかし久通が独断でこの挙に及んだとは考えられず、久秀は実行部隊には加わらなかったものの、計画自体に関わっていた可能性は極めて高いものと思われる。

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